買う理由
年を追うごとに、服の選び方が変わってきたな、と感じています。
服にハマり出した若い頃は、とにかくキャッチーな服やトレンドを追いかけていました。
まだInstagramも今ほどの影響力はなかったし、YouTubeだってそう。
インフルエンサーなんて職業はあったかもしれませんが、今ほどの存在感はありませんでした。
じゃあ、当時はどこでトレンドを追いかけていたのかというと、やっぱり「お店に行って、実際に見て、触れること」です。
毎週のように街へ繰り出し、ショップ店員や道ゆく人の着こなしを「生」で見て刺激を受けていた時代。
そこには、偶然の出会いや言葉にできない「生々しい格好よさ」があり、それを肌で味わいに行くのが本当に楽しかった記憶があります。
しかし、今は外を歩いてみると、みんな似たような格好ばかりしている気がして、少しつまらなく感じることがあります。
値段の高い安いに限らず、パッと見た時の印象がどれも同じに見えてしまう。
街を歩いても、以前のようなワクワクする刺激が少なくなっているのは、個性が減って、どこか全体的に均されているからかもしれません。
SNSやインフルエンサーの普及によって、今は「これを着ていればお洒落に見える」「失敗しない」という最大公約数的な正解=アルゴリズムが弾き出したトレンドが瞬時に共有される時代です。
その結果、高い服を着ていようがプチプラだろうが、全体のシルエットや雰囲気が驚くほど似通ってしまってしまうのだと思います。
かつてのファッションは自己表現や冒険だったのに対し、今は集団への同調やテンプレート化の側面が強くなっているようにも感じます。
手に入らない情報なんてほとんどない現代ですが、それと同時にAI技術も驚くべき速さで進化しています。
さまざまな媒体の裏側に潜むAIは、私たちが気付かないうちに好みを学習して、それに関連するもの「だけ」をピンポイントで見せてくれます。
これは非常に便利な反面、少し厄介で、一種の不気味さもあるなと思うんです。
パーソナライズされたタイムラインをスクロールして「あ、これいいな」と思う時、それは本当に自分の内側から湧き出た物欲なのか。
それともAIに「これ好きでしょ?」と差し出されて、無意識に脳が反応しているだけなのか。
この境界線がどんどん曖昧になり、知らず知らずのうちに自分の感性のトリガーを他者に握られているような感覚に陥ることがあります。
気に入った何かを、自分自身で能動的に選んでいるつもりなのに、実は受動的に選ばされているのではないか。
だからこそ、流れてくる情報に身を委ねるのを一瞬止めて、しっかり考えるということが、今の時代は本当に大事だと思うのです。
ここ数年、私の服の選び方は、街やお店は見に行くけれど、
「自分は何が欲しいのか」
「何に感動しているのか」
「どんな物を身に付けたいのか」
という、買う理由をじっくり考えるようになりました。
誰かに、あるいは何かのシステムに先回りして提案されたものではなく、自分の内側から湧き出る声に従って、能動的に選ぶこと。
情報が溢れかえる今だからこそ、ただ消費するのではなく、自分がその服を手にする「理由」にちゃんと自覚的でありたい。
そうやって選んだ一着には、トレンドを追いかけていた頃とはまた違う、深い愛着が湧くような気がしています。
みなさんは最近、どんな「理由」で服を選びましたか?
執筆者 中村鴻大


