朔参りの朝に
今日はあいにくの雨となりましたが、所々に桜も咲き始め、景色の中にやわらかな色が差し込んでいます。
満開とはまだ言えないこの時期の桜も、個人的には好きな景色のひとつです。

そんな朝、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)、金劔宮(きんけんぐう)へお朔参りへ行ってきました。
毎月この日に足を運ぶたびに、オープン前後の慌ただしかった時期のことを思い返します。
準備に追われていた日々や、その中で感じていた不安や期待。
4月はちょうど進学や就職など、新しい環境に踏み出す人も多い季節ですが、当時の自分もどこか似たような緊張の中にいたように思います。
気がつけば、あれからおよそ半年が経っていました。
あっという間のような気もしますが、もっと長い時間を過ごしてきたようにも感じます。
ただ日々が過ぎていったというよりも、その一日一日が濃く積み重なっていたような感覚があります。
慣れないことの連続で、考えながら動き、動きながらまた考える。
その繰り返しの中で、少しずつできることが増え、見える景色も変わってきました。
時間の長さそのものは変わらないはずなのに、経験してきたことの密度によって、体感としての時間は大きく違って感じられるものだと実感しています。
当時は余裕がなかったことも、今振り返ると必要な時間だったのだと思えますし、その積み重ねがあったからこそ、今もこうして毎日服と向き合いながらお店に立てているのだとも感じています。
雨の日には、お店周辺の山々には靄がかかり、景色がぼんやりとやわらいでいきます。

その様子はとても幻想的で、見慣れているはずの景色も少し違って見えてきます。
どんよりとした空の色、輪郭がぼやけた山や木々を眺めていると、かつての自分の緊張や不安と重なって見えてきます。
静かに移ろっていく景色を眺めていると、自然と呼吸が整っていくような感覚があります。
毎月の朔参りも、自分にとってはそういう時間です。
あの頃の自分を思い出して、今の自分を確かめる。
この場所だからこそできる、ひとつの仕切り直しです。


