自ら選んだ
Solitaryがオープンして早くも4ヶ月が過ぎました。
Instagramやブログなどで中村という名前を見て「誰?」「何者?」と思った方も多いのではないでしょうか。
誇るほどの経歴も無いですし自分のことを語るのは苦手なのですが、遅ればせながら自己紹介と私の想いを伝えたくこのブログを書き始めました。
拙い文章ですが最後まで読んでいただけますと幸いです。
・生まれ
1993年、富山県に生まれました。
父と友達の影響で幼い頃から体を動かすのが好きでした。
小学生の頃からはバスケットボールにのめり込み、朝から晩までボールを追いかけていました。
強豪と呼ばれるようなチームではありませんでしたが、上下関係の厳しさや軍隊のような練習の中で「気合と根性」を学んだのです。
根性という言葉は古臭いかもしれませんが、あの頃に叩き込まれたものは今も自分の芯の部分に残っています。
これが社会に出て一番役に立った事かもしれません。
バスケットボールは現在に至るまで続いている趣味であり、自分という人間を作り上げ育ててくれた大きな要素の一つです。
もう一つ好きな事が、幼い頃に父が作ってくれたプラモデルや、LEGOを組み立てる事でした。
「ものが出来上がっていく過程」がたまらなく好きで、気づけば何時間でも夢中になっていました。
その感覚は今になって思えば、ものづくりに惹かれる自分の原点だったのだろうと思います。
・飲食の道へ
高校を卒業して金沢の大学に進学しました。
最初こそ楽しかったのですが、学んでいくうちに「思い描いていたものと違う」と感じるようになったのです。
そんな中、アルバイト先の飲食店で働く時間にやり甲斐を感じ、楽しくなっていきました。自らの手で料理を作り出す楽しさに加え、お客様に喜んでもらえた時の達成感や幸福感は何物にも代えられないものでした。
そして、大学3年に上がる前に退学し、料理の道に進むことを決意。
両親には心配と迷惑をかけましたが、自分の気持ちに嘘をつくことはできなかったのです。
それからは、朝から晩まで厨房に立ち、試行錯誤を繰り返す日々が続きましたが部活で叩き込まれた気合と根性で乗り越えることができました。
魚や肉の捌き方、火の入れ方、盛り付けなど知れば知るほど奥が深くキツさよりも楽しさが勝っていたのです。
そうして稼いだお金のほとんどを服に注ぎ込み出したのもこの時期あたりからです。
高校卒業前くらいから「大学は私服だから服買わなきゃな〜」くらいの気持ちでファストファッションや古着を買い漁りはじめました。
それからしばらく経ち、友達が地元のセレクトショップでアルバイトし始めたこともあり、地元へ帰った時にはそこでも服を買うようになりました。
今思えばそこでお勧めされて買ったジーンズが服沼にハマり始めたきっかけだったと思います。
・オーナーとの出会い
飲食業にシフトしてからは金沢でも服屋を巡ってみようと思い休みの日には竪町周辺を散策。
ある日なんとなく入ってみたセレクトショップで、後のSolitaryオーナーとなる齊藤と出会ったのです。
その時に目に留まったのはデニムの裂き編み生地を使用したニットでした。
そこで接客をしていただいたのを機にそのセレクトショップへ通うようになり、生地や縫製に興味があった私は生地オタクの齊藤の話が楽しくて、好きなブランドを買うというよりは「これ、生地めちゃくちゃいいんですよ」で買い物する変わった子だったと思います。笑
通い出してからしばらく経った頃、齊藤から独立してSaltyを立ち上げると聞いた時には自分のことのように嬉しかったのを覚えています。
それからはSaltyへ通い詰め、稼いだお金のほとんどを服へ注ぎ込んでいました。笑
Saltyではただ服を買うというよりは齊藤から服を買いたいという気持ちが大きく、そこでも生地や縫製の話を聞くのがとても楽しかったのです。
生地の表情や縫製の美しさに触れるたび、「職人の手ってすごいな」と素直に感動していました。
そうして服への想いがどんどん強くなっていき、24歳の時思い切って飲食を辞め、富山のセレクトショップでアパレル人生がスタートしたのです。
・アパレルの道へ
販売の仕事は飲食での接客とは当然ながらまったく違う内容でした。慣れない接客に戸惑うことも多かったのですが、好きなことを仕事にし学ぶことができる喜びは何にも代えがたいものでした。
お客様と一緒に服を選び、想いが伝わって購入していただけたときの嬉しさ。
それは料理の「美味しかった」という言葉と同じくらい、心を満たしてくれました。
服は自分の手で“作る”ものではありません。けれど、人の心を動かす力を持っていると感じたのです。
手を動かして料理をつくるなら、服は言葉や感性を通して「ワクワク」「ドキドキ」といった気持ちや感情をつくりだすことができます。
誰かのために工夫し、想いを込めるという意味では、どちらも同じ“ものづくり”だと感じています。
ただ、アパレル業界は決して甘くありません。
与えられた仕事をこなすだけでは会社に駒として使われるだけで何も身につきません。
手に職があるわけでもなく、結婚して、子供ができて、家を建ててとなると生活が成り立たず転職する人が多いのが事実。
素晴らしい販売員の方でも30歳を前に業界を離れていく人を何人も見てきました。
・転機
自分もこのままでは同じ道を辿るかもしれない……そんな焦りを感じていたときでした。
今年の2月、オーナーから突然一本の電話がかかってきました。
「新店舗をオープンしようと思っていて、ぜひ一緒にやりたい。」
その言葉を聞いた瞬間飲みの席でも度々話していた「いつか一緒に働けたら」という記憶が一瞬で蘇り、迷わず「やります!」と答えました。
新人がいきなり新店舗を任せてもらえるなんて普通ではありえないこと。
責任が大きくのしかかることではあったが、それ以上に「自分の人生をかけてやる価値がある」と思いました。
仕事を辞め再び石川県に越してきてからは新店舗の準備が始まり、毎日がめまぐるしく過ぎていきました。
早朝から、テーブルの足に使用している石を、滝ヶ原の採石場まで取りに行ったり、動画や写真の撮影に何度も鶴来まで往復しました。
什器を組み立て、照明を調整し、夜遅くまでディスプレイを整え、てんてこまいになりながらも、持ち前の気合と根性でなんとかオープンできるとこまでお店を作り上げることができました。
・独立した気持ちで
ついにSaltyのオープン日でもある9月18日に「Solitary」が生まれました。
「Solitary」は”孤独な”という意味を持った言葉ですが、寂しさを含む”Lonely”とは少し異なり”自らの意思で孤独を選び楽しんでいる”という前向きな意味を持っています。
そしてSolitaryは物理的にも中心部から離れた場所で、トレンドという母集団から距離を置き、独自の世界観を持つもの、確固たる価値のあるもの、作り手の想いが込められた作品を揃えたお店です。
“人の手の温もり”や”不均一なゆらぎ”そこに込められた”想い”を届ける場所にしたいと思っています。
私はSolitaryを自分のお店を構えたと思いながら働いています。
もちろんオーナーがいて雇われという立場ではありますが、Solitaryという空間を自分の人生そのものだと思って向き合っています。
小さなことでも決して妥協せず、丁寧に積み重ねていくことで初めてお客様の記憶に残る場所になると信じています。
これまでの人生で学んだのは、何をするにも“熱”がなければ本質が伝わらないということ。
料理も服も、人に喜んでもらうために想いを込め、工夫を重ねる点では同じです。
手段は違っても、根っこは変わりませんでした。
Solitaryは、私にとって挑戦であり、覚悟であり、夢そのもの。
少しずつではありますが、自分の想いや感性でこの店を育てていくつもりです。
と息巻いたものの不安と心配で押し潰されそうなのも事実。
これからのSolitaryを、そして私の歩みを、どうか温かく見守っていただけますと幸いです。
執筆者 中村鴻大


